松本 忠さん(東京都)
隅田川の風物詩屋形船の今を探る
薄暮の東京・お台場海浜公園は、夕涼みに訪れた若いカップルや家族連れで賑わっていた。彼らの視線の先に広がるのは、白い橋脚のライトアップと、その麓を彩る赤い電飾のハーモニーだ。
散在する赤い光の正体は、隅田川の風物詩として知られてきた屋形船。レインボーブリッジが完成する八年前までは、川にかかる十五の橋の下を往復するのが一般的だった。その屋形船が、新しいショッピングビルがひしめく観光地に足を延ばし、東京湾の一風景に定着している。
不況下に大型船建造で業界騒然
バブル時から客は半減
久しぶりに乗船してみようと情報誌を操ると、全長ニ十七メートル、冷暖房完備の大型屋形船「第十八濱田丸」の広告が目にとまった。従来、屋形船は二十人以上の貸し切りでしか利用できなかったが、今年から月一回の乗合船を出している。
意外なことに、この船を運航する濱田屋は、明治創業の老舗だ。三代目主人、松本忠さん(七十)は、「後にも先にも、今のところ、うちの船が日本最大だよ」と胸を張る。一方で彼は、商売が厳しくなってきたことをぼやいた。「こんな景気だからね、どの船も、客はバブルのときの半分くらいだよ」。同業数社に問い合わせても、「会社の宴会が減っちゃってね」、「不景気をもろにかぶる商売だから」と、答えは芳しくなかった。濱田屋など数社が乗合船を始めたのは、少しでも多くの客を取って次につなげようというものである。
サービスで差別化図る
不況下に二倍の投資
業界全体が不景気風に見舞われるなか、濱田屋は従来の二倍の造船費をかけて大型船を造った。業者の寄合では、「濱田屋はどうかしている。そんなに金をかけたって、入ってくる金は一艘分なのに」と揶揄されることもあるという。だが不況の時代に思いっきった投資をする理由を、松本さんはこう話す。「十年前は、どんな船だってたくさん予約が入ったさ。でも今はね、ちょっとやそっとじゃできない船を造って、お客さんをいい気分にさせてあげなきゃ」。船内には給仕係のほかに座敷に常駐する案内役を配置し、料理や航路の説明をしたり、カラオケのリクエストを受け付けたりする。屋形船の名を冠しながら、遊覧船並みの設備とサービスを目指すことで差別化をはかる。
姿変える舟遊び
「万葉集」でも歌われていることから、屋形船は平安時代にその原型を見る。江戸時代には大名や武家の持ち船として発展し、昭和初期には、長さ八〜九メートルの船に提灯を下げたものが主流で、客は芸者衆を乗せて舟遊びに興じたという。戦争とともに屋形船はいったん姿を消したが、戦後の復興期、春はお花見船が、夏は夕涼み船が、隅田川に蘇った。
松本さんが家業を手伝いはじめたのはちょうどその頃で、仕事場はもっぱら柳橋から蔵前橋にかけての料亭街だったという。まだ十代の少年だった当時を、彼は懐かしそうに話す。「あのへんには料亭がぎっしり建っててね、それぞれ桟橋を持ってたんだ。木場の旦那衆なんかが、夏場の暑い日には『船出してくれ』って言うんだ。料亭に船を横付けにして川の真ん中まで出したら、エンジンを止めるんだよ。芸者さんたちが三味線を弾くからね」。三味線の音色と、川面に映る料亭の明かりの帯。それがかつての舟遊びの醍醐味だった。
インターネット駆使コスト削減に努力
橋のイルミネーションを堪能
五十年あまりで客層、風景、情趣までもが一変した屋形船。竹芝桟橋に繋留された第十八濱田丸の玄関には小さな滝が流れ、船内に入ると藺草の青い香りが立ちのぼった。座敷にはすでにカニや刺身、煮物、そば、魚の照り焼きなど、食卓からはみ出すほどの料理が並んでいる。この日の乗客数は五十四名、屋形船としては破格の大所帯である。船が出発すると、女性スタッフが揚げたての天ぷらを配りに来る。この日は竹芝桟橋から佃大橋、中央大橋をくぐって晴海・豊洲の両埠頭を回り、お台場で一時間ほど停泊、再び川に戻り、八つの橋の下を通って帰船するというコース。蔵前橋をくぐった辺りで、料亭街だったという沿岸を見やる。そこはマンションやオフィスビルが密集するコンクリートの堤防と化し、かつての名残りは微塵もなかった。
新大橋と清洲橋の間で船が止まり、垂直に向きを変えると、船内の照明が消えた。緑やオレンジ、ピンクなど、橋のライトアップを客に楽しんでもらうためだ。屋形船には十回以上乗っているという男性会社員が驚いた様子で言った。「こういうのは初めてだな。普通はただ船に乗って、食事してお酒飲んで帰ってくるだけでしょ」。
隣のグループの女性から、シャッターを押してほしいと声をかけられた。「船がきれいだし、他よりサービスがいいから気に入って、今日は友達を誘って来ました」という彼女は、以前会社の宴会で利用し、今回は二度目なのだという。
「お客さんはちゃんと見てるよ」
この日はキャンペーン期間で、通常三時間一万円のコースが八千五百円だった。これには他業者から反発もあったというが、「値下げに罰則なんてないだろ。今は自由主義経済なんだから、いつまでも仲良く手をつないで一万円、なんてやってられない」と松本さんは意気込む。同料金の船もあるが、内容を見ると、航行時間三十分から一時間短縮されていたり、料理の品数を減らしているところが大半である。
こうした事態に、松本さんは警鐘を鳴らす。「質を下げちゃダメなんだ。お客さんは利口になってるから、そのへんはちゃんと見てるよ。だから八千五百円でも一万円のときと同じサービスができて、利益も同じだけ取れる企業努力をしなきゃ。値段競争だけじゃ共倒れになっちゃう」。彼は、大手ファーストフードの戦略を引き合いに出して言葉を継いだ。「マクドナルドじゃ、ハンバーガーを半額にしたけど、お客さんがどんどん増えて増益だっていうじゃない。大会社も我々も一緒だよ」。
その企業努力のひとつのが、仕入れコストの削減だという。事務所には一台のパソコンが置かれていた。ホームページの作成・更新だけでなく、以前と同じ食材をより安く仕入れるためにインターネットで仕入れ業者を検索するのに活用しているのだという。
時代のニーズに合わせて
インターネットオークションに出品
何度目かに濱田屋のホームページを開けたとき、面白い「お知らせ」を目にした。「キャンセルになった隅田川花火大会の屋形船・遊覧船をオークションに出品、落札しました」とあり、続く東京湾大華火大会のオークションンも受付中だという。その下に、景気のいいニュースがひとつあった。「ご好評につき、七月の乗合船を追加出船いたします」。
自由経済の波と景気低迷のあおりを受け、屋形船にも強烈な逆風がふいている。そうしたなか、五十年以上の歳月を隅田川とともに過ごしてきた松本さんは、独特の勘と経験から流れを読み、逆風をかわす舵取りを体得した船頭だ。伝統を継承しつつ、時代のニーズに合わせて次々に仕掛けを作る彼は、インタビューの最後にこう言った。「流れにさからえば、沈没するよ」。